蒸発現象の場合に運転者の注意義務
夜間の運転中に対向車とすれ違う場合、進路前方の歩行者が非常に見えにくくなる場合があります。
とくに、夜間は運転者の視野が狭まっているうえに、対向車のライトによる眩しさのために、道路のセンターライン附近の物体が、一定の条件下では、対向車とのすれ違い時にまったく視野から一時的に消
え去ってしまうことがあります。
これを蒸発現象といい、実験的にはかなり前から確かめられておりましたが、その後、判例等でも取り上げられるにいたっております。
かつては、刑事責任の強調から、とくに前方注視の面ではこのような状況でも注意義務がありとして、運転者の過失責任を肯定しておりました。
しかし、なぜに被害者を発見できなかったかを考えてみますと、村向車のライトの影響による蒸発現象のためであって、前方注視義務そのものが、不可能であったか、あるいはきわめて困難であった場合にあたることがわかってきました。
そこで、次第に実験的考えから、法的観点にまで高められてきたのが蒸発現象という理論です。
まず蒸発現象を考えてみましょう。交通科学研究資料第九集によりますと、運転者が、ライトを下向きにして(すれ違いビーム)村向車とすれ違った場合、センターライン附近にいた歩行者はどうなるかについて、次のように述べています。
@対向車のライト上向の場合(走行ビーム)
・歩行者所在地ですれ違った場合、六〇メートルから二五メートル歩行者に近づく間において、四〇メートルにわたって蒸発現象が見られる。
・歩行者の手前五〇メートルの地点ですれ違った場合、二個所に蒸発現場がみられ、すれ違い五メートル直前では下半身だけが見える。
・歩行者の手前一〇メートル、一五メートル、二〇メートル、三〇メートルの各地点ですれ違う場合にも、右と同様の蒸発現象が起きる。
なお、歩行者のいる位置ですれ違う場合を除いては、ほとんどすれ違う瞬間まで見えない状態が続くといわている。
A対向車のライト下向の場合(すれ違いビーム)
・歩行者の前方四〇メートルから一五メートルの間は、下半身のみが見え、五メートルと一〇メートルの手前ですれ違う場合には、各個所に蒸発現象があらわれ、一個所は完全に見えず、一個所は下半身だけ見える。
・一五メートル手前ですれ違う場合にも、八〇ないし七〇メートルと五〇メートルないし二〇メートルの間の二個所に見えない地点が生じ、歩行者の二〇メートルと三〇メートルの手前ですれ違う場合にも、各々三〇メートルにわたる蒸発現象が見られる。なお、村向車のライトが上向きでも下向きでも、センターライン寄りを走行中の方が蒸発現象が起きやすい。
以上の蒸発現象は、周囲に照明等の設備がなく、対向車も一台だけの状態で実験した結果のようですが、これからみても、対向車のライトが上向きか下向きかによって相当異なるばかりではなく、とくに対向車がライトを上向きにして歩行者の手前ですれ違うような最悪の条件の場合には、五〇メートルを走る間にわたって歩行者を発見できない事態もありうることになります。
蒸発現象について無罪の判決をなした事例は、従来はほとんどなかったのではないかと思います。
しかし、昭和四七年になって、この蒸発現象をとりあげ、完全に認容したわけではありませんが、被告人がセンターライン寄りに仔立していた歩行者を、制動可能距離の範囲内で発見しなかった点について、蒸発現象を考慮し前方注視義務慨怠はなかったとする判例がでました(東京地裁昭和四七年八月二二日判例時報六八二号)。
現実に生ずる前方注視義務も、事故時の現場の路面状況(濡れていて光を反射しやすいか否か)、対向車が連続していたかどうか、双方の車両の安全速度は(速度違反・徐行義務違反等)どうなっていたか、周辺の照明の程度、人の横断の予測可能性などの、さまざまな条件との関連で検討されなければなりません。
現実の具体的な交通事故の検討にあたっては、事実の客観的な把握が重要であり、注意義務違反の存否の判断も、各種の条件や要素を考慮して決しなければなりません。
運転者としては、蒸発現象の場合、警察官に事情をよく説明し、納得してもらうことが必要です。
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